ついにマツダのロータリーエンジンが発電用エンジンとして復活、マツダMX-30ロータリーEV[MJ]
マツダの象徴ともいえるエンジン、ロータリーエンジンが復活する。
クルマ好きにとってこのフレーズだけでもワクワクするが、今回、そのロータリーは発電機という役割を担う。
つまりMX-30のラインナップに加わるMX-30ロータリーEVはシリーズハイブリッドなのだ。
9月14日より予約受け付けが開始され、正式発売は11月初旬以降を予定。価格は423万5000円からだ。
○文:内田 俊一、写真:MAZDA
INDEX
ロータリーエンジン
そもそもロータリーエンジンはコンパクトで、かつ高出力を得られるという大きなメリットを備えている。
しかし、2012年6月にRX-8の生産終了を最後にロータリーエンジンは一度市場から姿を消した。
その理由はいくつかあるが、その最大の理由は排気ガス規制に適合できなかったとされている。
同時にマツダは他の内燃機関に技術資源を集中しSKYACTIVエンジンなどを開発。
そこから生まれたのが環境に適合しつつ走る歓びを併せ持つ近年のマツダのラインナップに繋がっていく。
世界で唯一量産化に成功したロータリーエンジンの開発グループは解散し、エンジン開発、エンジン設計の中の一部として規模を縮小しつつも開発は続けられていた。
そして2023年、そのロータリーを発電機として搭載したクルマ、MX-30ロータリーEVが登場したのである。
外部充電も可能なシリーズハイブリッド
MX-30ロータリーEVは、いわゆるシリーズハイブリッド。
つまり、エンジンは発電機として搭載され、駆動には一切携わらないシステムである。
例えば日産ノートなどと同じ仕組みと考えていい。
しかしシリーズハイブリッドの多くは外部充電機能を備えておらず、常にエンジンが発電を行い、それをバッテリーに蓄え、モーターで駆動する仕組みだ。
しかしMX-30ロータリーEVは急速充電を含め外部充電も可能という大きな特徴がある。
さらに、V2LやV2H機能も有しているので、荷室にある1500Wまで対応可能なAC電源を使えば出先でクルマの電気を使ってキャンプなどをすることもできる(これがV2L=Vehicle to Load)し、また、クルマから建物に電力を供給する(これがV2H=Vehicle to Home)ことも可能だ。
マツダによると、バッテリー満充電かつ、燃料タンク満タンの状態であれば、一般的な家庭の電力消費量を10kWh/1日とすると、約9.1日分の電力供給が可能とされた。
8Cと呼ばれる排気量830ccで最高出力53kWの新開発の発電用ロータリーエンジンはフロントに置かれ、そこに薄型で高出力なジェネレーター、最高出力125kWの高出力モーターと組み合わせ、同軸状に配置。
リチウムイオンバッテリーは容量17.8kWhでフロア下に配置し、その後ろ側に50Lの燃料タンクを搭載。
これにより、日常使用において107kmのEV航続距離を持ちながら、ロータリーエンジンによる発電より、ロングドライブも安心して楽しめるようになった。
発電機に最適なロータリー
ではなぜあえて発電機としてロータリーエンジンを搭載したのだろう。
それは冒頭にも記したコンパクトかつ高出力が期待できるからだ。
コンパクトになるということは軽量化も期待できるし、何よりシリーズハイブリッドは通常のEVと比べエンジンとガソリンタンクを搭載しなければいけないため、重量増は免れない。
EVは航続距離を稼ぐことが命題のひとつなので、少しでも重量を低減したいので、ロータリーエンジンを搭載すればそのメリットを享受できる。
どのくらいコンパクト化出来るのかというと、あくまでも概論としてだが、ロータリーと同じ出力のレシプロエンジン(ピストンが上下運動する通常の内燃機関)と比較してみよう。
8Cと呼ばれるロータリーは830ccで71psを発揮するが、この同じ出力をレシプロエンジンで求めるとだいたい3気筒1000㏄程度が必要だ。
そのサイズを比較すると2/3程度といわれている。さらに部品点数も少なくなるので軽量にもなるということだ。
しかし、デメリットも存在する。
まずこれまでのロータリーエンジンは2ローターであった。この要因のひとつはローターが2つあることで振動や不快な音を打ち消すことができたのである。
しかし8Cは1ローターなので、このメリットを生かせない。
確かにロータリーはスムーズかつ静粛性は高いのだが、生産誤差などによってどうしてもそういったことは発生しがちであった。
そこで8Cは最新技術を用い、完成度誤差を大幅に縮小。かつ、匠という職人の目や技術も使って1台1台バランスを取り、こういった振動や音を消すことに成功したのだ。
まさに執念といえるかもしれない。
また、排気ガス規制や燃費に関しては直噴化とともに燃焼室内での着火場所などを徹底的に研究解析し、最新技術によりクリアしたという。
MX-30だからできたこと
まだまだこのエンジンに関する最新技術はここでは述べきれないくらい沢山あるので、この辺りはいずれ試乗する機会の時にでもふれることにして先に進めよう。
MX-30は実験的要素のあるクルマに用いられるMXというネーミングが与えられている。
例えば初代のマツダロードスターは海外ではMX-5と呼ばれ、ライトウエイトスポーツカーの新たな提案という実験をしたのである。
ではMX-30はどうかというと、マツダの電動化を主導するクルマという位置付けだ。
だからこそラインナップはマイルドハイブリッド、BEVが登場し、そして今回、ロータリーエンジンを発電機として搭載したMX-30ロータリーEVが加わったのだ。
このクルマ開発責任者の上藤和佳子さんによると、「9割以上のお客様の1日の移動距離は100km未満。そこでEVの高速距離として107kmを確保しました。その上で、長距離ドライブに出かける際には、ロータリーエンジンで発電することで安心して長距離ドライブを楽しむことができます」とのこと。
さらに走りの面でもMX-30のEVモデルで培った車両運動制御技術を用いることで、「シームレスな車両挙動、落ち着きのある走りの質感、直感的に扱え、手足のように動かせるコントロール性を、長距離走行においても実感してもらえるでしょう」とのことなので、BEV(バッテリーEV)とこのロータリーEVとで走りに差がないように開発されたことになる。
そして使用シーンに合わせて3つの走行モードが設けられた。
- EVモード:バッテリーに溜めた電力でできるだけ長く走行する
- ノーマルモード:ドライバーの操作に応じた意図通りの加速性能をいつでも提供できる
- チャージモード:ドライブシーンやドライブ先でのクルマの使い方に合わせてバッテリー残量を自由に設定できる
というもので、エンジンを掛けたくないキャンプ場や深夜や早朝の住宅街を走行するときには、前もってチャージモードで充電量を十分に確保して、そのシーンになればEVモードに切り替えて無音で走行するなど、EVならではの走行が可能となっている。
陰の立役者
マツダ国内営業本部国内商品マーケティング部アシスタントマネージャーの竹下雅人さんにどんな人が買うのかを聞いてみた。
すると大きく2つの層があることを教えてくれた。
ひとつは、「昔からマツダを支えてくれていたロータリーのファンの方たち。もうひとつは、電気自動車の時代が到来したので検討したい層。この方たちはいままでマツダと一切関わらなかったような人たちですね」とのこと。
何度も記したがこのロータリーエンジンは実際に駆動しないのだが、ロータリーファンの人たちは、「とにかく復活してくれてありがとうとという声が多いです。駆動しないので、これはロータリーじゃないなどの厳しい声が多いかと思っていましたが、ポジティブな声が多いですね」という。
そして電気自動車の時代が到来しつつある人たちに対しては、「まずはマツダのEVにはどんな特徴があるのかをお知らせしたい。それはあまり奇をてらったキミックチックなものではなく、EVであっても人馬一体を実現し、人間中心で開発しています。そのうえで、ロータリーを搭載することで実現できた価値に共感してもらえれば」と語る。
また調査結果を見ると、「EVしか検討しなかったお客様は(航続距離や充電回数を)割り切っています。しかしEVとPHEVの両方を検討して、EVを購入したお客様はそこが割り切れていないようでとても不満が多いんです。
その内容は航続距離や、充電量を常に気にしなければいけないとか、どこに行くにしても、まずは充電スタンドの場所を調べなければいけないなど煩わしいといいます。
そういう方でも、EVの走りは気に入っているので、次は楽に乗れるPHEVにしようと考えています。その方々の目に留まれば」とのことだった。
従って、このMX-30ロータリーEVのロータリーエンジンはあくまでも陰の立役者という位置付けなのである。
それでも復活を祝おう
さて、MX-30ロータリーEVを他のMX-30とデザインで見分けることは難しい。
その差はホイール、エンブレム、シャークフィンのアンテナくらいだろう。それ以外では内装色に専用のブラック内装が追加されている。
とはいっても、マツダの技術資産でもあるロータリー復活を待ち望むファンは多い。
そこでマツダでは特別仕様車を用意した。その名は、“Edition R”だ。
この“R”を意味するところは、「RX-8のファイナルエディション、Spirit RのRを受け継ぎ、必ず復活させるという先人の想いと、リターンという意味をこのRに込めた特別仕様です」と教えてくれたのは、マツダデザイン本部でMX-30のチーフデザイナーである松田陽一さんだ。
ボディ色はスペシャリティー感を引き立てるチェットブラックをベースにマロンルージュメタリックのルーフサイドを組み合わせる専用のマルチトーンとされた。
マロンルージュはマツダ初の乗用車であるR360クーペのルーフカラーを復刻させたもの。
マツダ100周年車として2020年に発表した特別仕様車に採用されたものだ。
今回はMX-30の内装に使用されているコルク(マツダの始祖は東洋コルク工業)や、フリースタイルドア(RX-8)、それからMXというカーネーム、そしてロータリーの復活などマツダのヘリテージを合わせて持つクルマということから、この色が採用されたのである。
内装はロータリーEVのシンボルをエンボス加工した専用のへッドレストやカーペット中央にロータリーEVのシンボルのアルミプレートが入れられた。
ロータリーEVのキーカラーであるオレンジのステッチやネームタグも採用。
このネームタグには白い線が入っており、ローターの頂点のアペックスシール(おむすび型のローターの頂点に圧縮漏れなどをしないように取り付けられた部品)の幅がモチーフだ。
さらに専用のキーフォブも専用に作られた。
その丸い角度は8Cのローターの角度と共通で、本物の8CのCADデータを使って新たに作成。
またキーフォブの溝は先ほどのアペックスシールの幅と同じである。
わざわざここまでした理由について松田さんは、「ロータリーは実際に見ることもできませんし触ることもできません。この歯がゆい思いをなんとかしたいと、手で触るデザインとしてキーフォブに作り込んだのです」。
まさにマツダがロータリーにどれだけこだわりを持っているかがわかる話だ。
何度も触れてきたが、今回搭載された8Cと呼ばれるロータリーエンジンはあくまでも発電機であり、タイヤを直接駆動することはない。従ってロータリーフィーリングやその音を楽しむことはできない。
しかし、まずはロータリーエンジン復活を素直に喜びたいし、マツダの執念に拍手を送りたいと思う。
また、工場ではMX-30ロータリーEVが既にほかのクルマ達と一緒にラインを流れているのだが、そこで働く人たちも一様にこの復活を喜んでいるようだ。
なぜなら彼らもロータリーファンでありロータリーに憧れて入社した人たちが多くいるからだ。
そして、付け加えておきたいことがある。
それは、ロータリーエンジンは様々な燃料、例えばガソリンはもとよりCNGやLPGなどを燃やすことができるのだ。
またスーパー耐久などのレースで実証実験を進めている代替燃料であるカーボンニュートラル燃料や水素が普及してくればこれらの燃料との組み合わせも可能になる。
マツダは2030年に向けて電動化戦略を進めており、現在フェーズ1の段階でこれまで投資して来た商品・技術を最大限活用してビジネスを成功軌道に乗せようとしている。
そのひとつがこのMX30ロータリーEVであり、先日試乗記を記したCX-60などのラージ商品群である。
そして第二フェーズでは、電動化への移行期間における電費向上によるCO2削減を目指すとともに、内燃機関は熱効率のさらなる改善技術の適用を目指す。
これは再生可能燃料の実現性に備えたものも含まれている。つまり、ここにロータリーの新たな可能性が見えてくるのだ。
今回の成果やこれまでの知見をもとに必ずやロータリーエンジンの新たなバリエーションが表れるに違いない。
それを一番やりたいのはマツダ自身だからだ。